
北極冒険家・荻田泰永です。2025年4月、私は6年ぶりとなる北極の旅に出発します。
2000年より北極や南極を歩き始め、今回が20回目の極地行となります。今年、目指す場所はグリーンランド極北部。定住者の地球上最北集落である「シオラパルク」です。400kmほどをソリを引いての単独行で、グリーンランドを歩きます。
今回の北極行には、一つの目的があります。それは、シオラパルクに古くから伝わるエスキモーの民話の物語を追いかけ、帰国後にその物語を軸に絵本作品を制作することです。
今回の北極行の詳しい目的などは、以下に記しました。
現在、最北のエスキモーたちも、地球規模で私たちの生活に影響を与えているグローバル経済や環境問題とは、もはや無縁ではなくなってきています。自然と共に豊かな精神性で生きる狩猟民という姿は、ある側面ではまだ健在ですが、そんなエスキモーたちも現金収入がなければ生活ができず、温暖化による環境変化でこれまでの狩猟のスタイルを維持することが難しくなっている地域も多くあります。
個人的な挑戦として、自分がどこまでできるのかを試す冒険に専念し、日本人初の南極点無補給単独徒歩到達の成功や、世界初のルートの踏破などの実績も挙げましたが、いま私が関心があるのは、これまでの私の経験を通して社会にどんなメッセージを伝えていくか、ということです。



冒険や挑戦をすること、というのは私自身が挑戦していく姿勢で示すことができるでしょう。しかし、もう一刻の猶予もない喫緊の課題としての温暖化や環境問題は、積極的に発信をすることでしか伝える術はありません。また、先日アメリカのトランプ大統領が「グリーンランドを買いたい」などと発言することからも分かる通りに、グリーンランドといえどもグローバル経済とは無縁ではありません。
北極の海氷が減少することで開拓が見込まれる北極海航路や、氷に閉ざされて開発が難しかった北極海の地下資源の採掘、魚類などの海洋資源、北極海と大西洋の入り口にあるグリーンランドの地政学的な問題など、そこに住むエスキモーたちの生活とは無縁に、巨大な波はエスキモーの生活に影響を与えています。
私が上記のnoteにも書いたエスキモーの民話に惹かれ、それを作品化したいと考えたのは、巨大な主語で語られるグローバル経済、政治、温暖化とは別軸で、まったく同じ時間に極めて小さな物語も、細々と語り継がれているという現実に目を向けたいと思ったからです。
日本でニュースを目にしている限りは、大きな主語で語られるものしか見えてきません。しかし、そこには何百年も前から住み続けている人たちがいて、彼らが語り継いできた物語があります。いま、消え去ろうとしている物語にあらためて目を向けることで、私たちが立つ現代社会に対する批評的な視座を獲得できるのではないだろうか、そんな思いがあります。
「大きな時代の流れの前には、エスキモーの小さな物語が消え去るのは必然であり、それがどうした」という意見もあるでしょう。確かに正論に聞こえますが、これは「国家の大事に関わる問題の前には、個人の意見に耳を傾けていては時代は動かない」という、全体主義的思想と同根だと感じます。なぜ今、見逃しそうになる小さな物語に私が目を向けたいかと言えば、世界中で吹き荒れる巨大な波の前に「自国第一主義」や「極右政治」が台頭し、大きな主語で語られるスローガンの前に小さな物語が駆逐されていきそうな、そんな雰囲気を感じるからこそです。
私がシオラパルクから一人で歩き、物語として伝えられるその「岩」に私が脂を塗ったとき、私は何を感じるのだろうか。そして、それをどのように社会に伝えられるのだろうか。私はとても楽しみです。

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